はじめに

《あなたをプレイするのはなに? — ありうる人生たちのゲーム》(2025)は、国勢調査などの統計データを元にAIが生成する、日本に存在しうる架空の「誰か」の人生を、その始まりから終わりまで見届ける作品です。プレイヤーは結婚などの人生の岐路で選択を重ね、その決断が人生にもたらす影響を体験します。このページでは作者の開発ログとして、どのような経緯や技術で作られたかを解説します。

Photo by Aya Kawachi

Photo by Aya Kawachi

人生ゲームの歴史から見る本作の背景

本作は古くから続く「人生」という複雑な営みをゲームで再現しようとする試みの延長線上にあります。古代インドで宗教的なモラルを説くために生まれた『Moksha Patam』に始まり、1860年にアメリカでミルトン・ブラッドリーが考案した『The Checkered Game of Life』、そして私たちがよく知る現代のタカラトミー社による『人生ゲーム』に至るまで、その歴史は長く続いています。

これら全てのゲームに共通しているのは、その時代における「理想的な生き方」や「社会のルール」が、ゲームシステムとして結晶化されているという点です。当時の倫理観、成功の定義、そして幸福の形。それらがゲームのルールとなり、プレイヤーはそのレールの上を一喜一憂しながら進んでいきます。例えば『The Checkered Game of Life』におけるゲームの勝利条件は、50歳で「Happy Old Age(幸福な老後)」に到達することでした。1860年代のアメリカの平均寿命が30代後半だったことを考えると、これは実に妥当かつ切実な「上がり」だったと言えるのかもしれません。

The Checkered Game of Lifeでは右上の50歳を目指すことがゴールであった

The Checkered Game of Lifeでは右上の50歳を目指すことがゴールであった

日本で販売された初代の人生ゲーム(1968年)

日本で販売された初代の人生ゲーム(1968年)

1986年の『Alter Ego』で描かれる1980年代のアメリカ

私がこのプロジェクトを着想する大きなきっかけとなったのが、1986年にActivisionから発売された『Alter Ego』というゲームです。精神科医のピーター・ファバロ(Dr. Peter Favaro)によって設計されたこの人生シミュレーションゲームは、プレイヤーが誕生から死までの人生を追体験するという、これまで盤上で行われてきた人生ゲームをデジタルゲームとして作る画期的な取り組みでした。

Alter Ego (1986)

Alter Ego (1986)

しかし、今プレイしてみると、そこには1980年代アメリカの強烈な価値観が色濃く残されています。大学に行き、就職し、異性と結婚して子供を育て、持ち家を20代で買う(!)。この典型的なWASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)的な成功モデルに沿うほどゲームは有利に進み、そこから外れる生き方は困難を極めます。そして当然のように、当時の都市部に住んでいなかった有色人種の困難や、性的マイノリティの人々の生き方が描かれることはありません。

Alter Egoの開発チームは近年、このゲームをリマスターする際、この問題を自覚しつつ、あえて当時の価値観や一部の差別的な表現をアップデートせずに、歴史的なアーカイブとして残す決断をしました。現代の視点から見れば、当時のゲームには女性やマイノリティへの配慮が欠けているかもしれません。しかし、だからこそ、あの時代において(一部の人の)人生はどのようなものであったかを追体験するのに貴重な歴史的資料となっています。

1986年10月11日に世界初の電子版の人生ゲームについて紹介される記事。The New York Times Archive より

1986年10月11日に世界初の電子版の人生ゲームについて紹介される記事。The New York Times Archive より

2025年、AIが語り部になる人生ゲーム

では、現代において、この「人生の語り部」を人間ではなく、AIに委ねたらどうなるのでしょうか?AIは、インターネット上の膨大なテキストデータを学習しています。そこには、現代社会の知識だけでなく、私たちの集合的な偏見、無意識の差別、そして「こうあるべき」という思い込みが含まれています。

AIは構造上、「次に来るもっともらしい文章」を紡ぎ出します。もしAIに「現代日本に生きる誰かの人生」を語らせたら、そこで語られる「もっともらしさ」とは一体何になるのでしょうか?それはおそらく、学習元となった私たち自身の社会の歪みを映す鏡そのものです。

そのため、ゲーム内では時に残酷な現実が映し出されます。女性が出産かキャリアかの厳しい二者択一を迫られる場面や、同性パートナーと法的な婚姻が結べず、住宅の契約に難渋する展開─。これらはAIが学習した現実社会の「苦しみ」や「統計」の反映とも言えます。